コラムvol.06「ふじもとの酒場放浪記」


ふじもとの酒場放浪記
ちょうど1年前に大腸ガンの手術をされた名誉教授坂口裕英先生(訴訟法)から、「蕎麦屋で飲もう」とお誘いを受けた。
術後の先生はすこぶる調子が良く、お酒も料理も「美味しい」と言われる。私が蕎麦屋に着くと先生はすでに蕗の佃煮でビールを飲んでおられた。
「今日のお酒は何がありますか」と尋ねると栃木の四季桜があるという。
つまみに〆鮗(このしろ)、バクライ(宮城産ホヤ)、あん肝の西京漬・・・を注文し、先生と箸を交えながら純米吟醸四季桜を味わう。
薫りが高く口に含んだときの柔らかさが良い。
1合ほど飲んだあたりで、先生が「弥之助が死んだな」といわれた。つい二日前の2月28日に亡くなった楢崎弥之助氏のこと。
「弥之助はね、修猷館から九大法文学部でね。福岡高校から来た井上正治(刑事法)さんと学部で同期だった。二人とも秀才でね。」と。「その時、九大の刑法が木村亀二」「木村さんは東大で牧野英一先生(主観主義)の後任が小野清一郎先生(客観主義)になったので、九大に来た」「もともと主観主義の木村先生が盛んに目的的行為論を提唱して・・・」などと往年の刑事法学会のスターの話になった。
この蕎麦屋は若夫婦が二人でやっていて、西新で3年ほどやったのち、薬院駅からほど近いところの古民家を購入改修し蕎麦屋にした。
こじんまりとした店内は、民家なのでちょっとした床の間があり、店屋という感じはない。4人掛けのテーブルが3〜4台とカウンター席に4人ほど座れる。しんと静かな中に蕎麦を茹でる釜湯の音がしゅんしゅんと。そして柱時計の振り子の音がゆっくり静かに音を刻む。喧騒を忘れさせてくれる。長身の旦那が奥で蕎麦を打ち、小柄で美人の奥さまがにっこり笑って酒を出す。この空間に突如また坂口先生の大きな声が響く。
「井上先生はとにかく豪快だったね」「先生と飲みに行ったときに僕はお金を払ったことがない。全部井上先生が出してくれる」
四季桜を4合ほど飲んだ頃、先生が「そろそろ蕎麦にしよう。僕は今日ははまぐり蕎麦がイイ」といわれた。私は「茨城県の蕎麦粉で十割蕎麦」をお願いした。
「藤本もう一件行こう」といわれ、蕎麦屋の勘定はすべて先生がだされた。
豪快だと言った井上先生のことを気にされたのだろうか。蕎麦屋を後にし、10分ほど歩いてカクテルバーで飲み直しとなった。
坂口先生は井上正治先生の弟子で、この4月で81歳。私は坂口ゼミの第1期生。先生に負けないように飲まなければ。
帰りのタクシーの中で、「藤本、4月竹崎にカニを食いに行こう」と言われた。